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近代産業遺産のアート再生計画・文献研究資料
調査報告資料作成:NPO法人国際芸術文化センター理事:松本百史
【2001年11月10日提出分:参考文献/『歴史ある建物の生かし方』(学芸出版)より】
■はじめに
近年、我が国の多くの地域で歴史ある建物の活用が見られるようになってきました。特に、この傾向は1990年代に入り顕著になり、しかも活用の捉え方が変わり、建築単体での活用を超えて、まちづくりという視点からも捉えられるようになってきました。つまり規模の大小や文化財か否かに関らず、歴史ある建物は「地域の資源」として見直されるようになってきました。
さらに、1996年に発足した文化財登録制度は、活用しながら保存するという趣旨のもとに、文化財に新たな可能性を見るものです。飲食店となった商家や、ギャラリーとなった蔵が登録文化財として登録されるようになってきました。活用が文化財の前に出てきたのです。今後このような所有者や自治体が歴史的な価値があると考える「歴史ある建物」の活用はより一層展開されることが予想されています。
■多様化する歴史的建物の活用と今後の課題
1.はじめに
わが国では最近、各種の歴史を経た建物を、いろんな新しい目的に利用する試みが盛んになりました。各地で民家や明治時代の洋風建築などが、博物館・レストラン・店舗等に利用されています。このような歴史を経た建物をいろんな目的に利用する行為は、一般的に「活用」と呼ばれています。
歴史的な建物の活用それ自身は、かなり古くからありました。しかし、最近の活用の特色は、第1に、活用の例が増えるとともに、活用される対象や利用の仕方が非常に多様化したと言えます。対象には、国や県・市町村の文化財に指定された特別なものだけでなく、未指定の建物が多数含まれています。
2番目の特色は、活用を実施する主体が、公的機関や大きな企業だけでなく、建物の所有者自身が積極的に活用を行なう例が増えたことです。実はこの現象は、日本だけでなく、他の多くの国でも起こっています。また、各国で歴史的な建物の活用が活発化すると共に、「適切な活用はどうあるべきか、それを進めるにはどうしたらよいか」が、国際的学術会議の議題にもなってきました。
イコモス (ICOMOS,国際記念物遺跡会議)という,歴史的遺産の保存に関る専門家の国際組織があり、その1999年の総会の討論の主題は、The wise Use of Heritage.(歴史的遺産の賢明な活用)です。
このような主題が選ばれた理由は、活用が、必ずしも有益な面だけを含んでいるのではないからでしょう。歴史的な建物の活用では、一般の建物の場合と違い、利用の便宜と安全のための部分的改造は許されますが、建物の歴史価値そのものを損なう改造は避けなければなりません。しかし、利潤の増大や、デザインの新奇さを狙って、この原則を破る例があります。
また発展途上国で、一部の歴史的遺産が急激に国際観光地化し、それが土着の人々の生活や、歴史的遺産の全体の保存に、悪影響を及ぼしている場合があります。
歴史的な建物の活用は、現代社会が取り組まなければならない非常に重要な課題です。しかし、日本ではそれが比較的新しい現象であるせいか、資料と論点を整理して、適切な活用はどうあるべきかを論議するまでには至っていません。
2.活用の発生と発展
歴史的な建物の活用は、個別の例としては、かなり古くからあります。江戸時代には、古い皇居の建物が門跡寺院などに下賜されて、本堂等に使われました。明治維新以後に、幕府や藩の保護を失った社寺が観光に収入源を求めたのも、活用の初期形態と言えます。
日本では、文化財保存のための最初の法律である「古社寺保存法」が1897年に制定され、翌年から国の補助を受けた薬師寺東塔や唐招提寺金堂の修復工事が始まりました。さらに「国宝保存法」(1929)によって、対象が城郭・邸宅等に拡大されました。しかし当時は、それらを活用するという考えは、全くありませんでした。
日本に限らず、19世紀に先進国で始められた歴史的遺産の保存は、なによりも国民国家の栄光の歴史を伝えるためでした。保存された建物は文字通りの「国宝」であり、「拝観」すべきものでした。
歴史的遺産を、国家の栄光の歴史を伝える国宝と考える時代が終わり、それを広く国民および世界の共有財産として捉えた、戦後日本の「文化財保護法」(1950)は、その第一条に「この法律は、文化財を保存し、且つ、その活用を図り」と述べています。第四条では、文化財の所有者その他の関係者は「できるだけこれを公開する等その文化的活用に努めなければならない」と、公開をなかば義務づけています。
文化財保護法の起案者は、文化財の活用の重要さを十分に意識していましたが、それ以後のかなりの期間、活用は具体的には進展しませんでした。
このような状態に対して、歴史的な建物を使い続けながら保存しようという試みが始まるのは、高度成長が一段落した1970年代のなかば頃からです。
この頃には、民家や明治時代の洋風建築の文化財指定もかなり進んでいました。また、1960年代の後半から、開発による住環境の破壊に反対する住民の町並み保存運動が、各地で起こりました。それを受けて1975年の文化財保護法の改正で、伝統的建造物群保存地区(いわゆる伝建地区)の制度が定められました。
歴史的な建物に必要な改造を加えて、使いながら残す試みとしては、まずアイビー・スクエア(倉敷市、1974年に旧倉敷紡績工場をホテル等に再生)や、旧近衛師団司令部(東京都千代田区、重要文化財、1977年に国立近代美術館に再生)が早い例です。
旧金毘羅大芝居では、1976年に復元工事が完成していましたが、1985年から歌舞伎上演が始まりました。それによって、江戸時代の劇場空間の良さと、伝統的歌舞伎の本当の魅力が、人々に実感されるようになりました。民家の再生では、降幡廣信が1980年代のなかばから作品を発表し、現代建築では失われてしまったその美しさが、大きな社会反響を呼びました。
野外博物館に移築された民家でも、世田谷区立岡本公園民家園(1970年開館)のように、床上に上がり、囲炉裏ばたでお茶を飲めるように工夫されたものが現れました。これ以降は、保存された民家を、いろんな方法で活用する努力がされるようになります。1980年代後半の、函館・小樽などにおける各種の近代建築の再生・活用の成功は、それが観光・商業資源として潜在力を持つことを認めさせました。
以上のような種々の試みによって、歴史的な建物の活用が、具体的にどういうものか、それが生み出す魅力、潜在的な資源であることなどが、1980年代末までにかなり社会的に知られるようになったと思います。しかし、例数が少なかったことの他に、次のような限界がありました。その1番目は、再生や活用の主体がほとんど自治体や大きな企業だったことです。2番目には、家族や町や村の思い込みが染み込んだ建物を、まだモノとしての面でのみ捕らえ、活用もそれを単に使うこととのみ考えたことです。自治体が多額の費用をかけて歴史的建物を修復あるいは再生し、見学や集会に活用するために専従職員を配置しても、期待したほど住民には利用されないという例が多かったのもそのためでしょう。
それに対して、1990年代に入ると、活用に新しい動きが生まれてきます。その具体例は、次の三つの新しい特色を持っていると思います。
1番目は、歴史的な建物を保存し活用する主体が、自治体や大きな企業に限られずに、個人所有者が行なう例がかなり増えたことです。小規模な喫茶店・旅館・展示施設に活用されるものや、個人住宅をそのまま集会や資料館として公開するものが増えています。1996年の文化財保護法改正によって始められた、登録有形文化財制度も、このような歴史的建物の
所有者の、使い続けながら残したいという希望に答えたものです。
2番目は、歴史的建物を保存する場合、モノとしての建物よりも、活用行為それ自身に重点を置くものが、かなり現れたことです。例えば、茅葺き農家の保存で、屋根の葺き替えを専門業者の請負工事にせず、昔のように住民全員が茅を集め、共同作業で葺くなどです。伝統行事の復活が大きな意味を持つのです。また、製糸工場の移築保存で、建物と機械設備を保存するだけではなく、そこで今は老女になった製糸女工たちから、若い世代が製糸技能を伝習している例もあります。これらは、見る人や参加する人に、これまでと違った、大きな感銘を与えています。
3番目は、歴史的建物の保存と活用が、市民にとってより身近なものになったことでしょう。東京の下町の銭湯が再生されて、ギャラリーに使われています。国が選定する重要伝統的建造物群保存地区も、以前は江戸時代や明治時代に建った古い建物が、密集して並ぶ地区が多かったのですが、最近は、それらが新しい建物と混じって散在している地区も、選ばれる
ようになりました。また、そこで修復されて使い続けられる建物には、大正・昭和戦前に建ったものが増えています。これらは一般市民によって、自分の住む家とそんなに変わらないので親しみもあります。
3.活用の形態
歴史的建物の活用の形態を分類すると、まず元の使用目的のまま使い続けられるものと、そうでないものに分類できるでしょう。従来の使用目的のままのものを第一類とすると、これには、比較的新しい時代に建った各種の住宅(町家・農家・市民住宅)がまず含まれます。昭和以前に建った鉄筋コンクリート造りの銀行や事務所ビルの多くも、使い続けることができます。
第2類は、使用目的を変えて、現代社会に存在するいろんな他の目的に利用するものです。例えば、木造校舎を郷土資料館や公民館に利用したり、煉瓦造り倉庫を多目的ホールやビア・レストランに利用するなどです。活用というと、一般に第二類を指すことが多いです。なお、専門家の中には、活用としては、第一類の方が第二類よりも優れているという意見がありますが、それは建物の性質と置かれた状況にもよります。また、この他に第三類と呼ばれる活用があると思います。それは活用が、既存の使用目的にならないような、新しい使用目的です。その一例は、岡崎市の病院に移築された農家の活用です。『週刊朝日』の1999年4月16日号にも紹介されましたが、岡崎市の医師吉村正氏は、1975年に自分の病院の裏庭に移築した茅葺きの古い農家を、現在、妊婦たちが自然分娩の準備のためのトレーニングをするのに利用しています。トレーニングは、薪割り・井戸の水汲み・拭き掃除といろいろです。それによって妊婦たちは、自然分娩のために必要な活力を獲得します。また乳児と母親の集会も行われています。このような創造的活用も、これから増えることでしょう。
4.今後の課題
最近の歴史的建物の活用は、目的や方法に非常な広がりを見せています。その背景にあるのは、歴史的建物は現代生活と切り離された存在ではなく、今後の私たちの日常生活に欠かせないものとする感じ方でしょう。言葉を変えると、歴史的建物は単に美しいもの、あるいは客観的な歴史資料ではなく、人々のアイデンティティを支える重要なものとして受け取られ始めている、と思います。
従って、活用は、再生デザインの美醜や、観光資源として役立つというような、限られた観点からではなく、さらに広い視野で捕らえることが必要です。
1)一般の建築設計・都市設計との関係
現在の活用の注目される傾向は、活用される対象が、ごく普通の建物や、大正・昭和戦前から、さらに建った建物にまで及んできたことです。またその実施には、文化財保存技術者や再生を専門とする建築家だけでなく、多くの素人の方が参加しています。創意に富んだ活用の工夫は、専門家より、むしろ素人の方によって生み出されているとさえ言えます。従って、今後の活用を少数の専門家の仕事、他の建築分野と切り離された仕事と考えるのは誤りです。現代の建築の営みの重要な一部と考えるべきです。
また、歴史的建物を含む町並みの保存も、もはや都市のある限られた地区の問題ではなくて、都市に存在する各種の建物を、ごく古い建物から最近建った建物まで含めて、今後いかに使い続けてゆくかという問題に変わってきています。それは、現代都市計画の重要課題です。
2)資源節約の役割
歴史的建物の活用が資源節約に有効なことは、かなり前から指摘されています。資源節約は、環境の保全に直接つながります。現代の建築生産は、大量の建築資材とエネルギーを消費し、大量の廃棄物を放出します。歴史的建物の取り壊し工事場で、まだ十分に使える木材が、パワーショベルで引き裂かれるのを見ると、本当に残念です。
活用には、建物を長く使い続けることによって、大量消費と大量廃棄を生み出す、消費者の行動と考え方そのものの改革なしでは、不可能なことです。いうなら、歴史的建物を活用することは、われわれの身の回りの環境を、物質的な豊かさとは違った豊かさを持つものに変え、それを通して、消費者の考え方を変えてゆく役割を持つと思えます。
■歴史ある建物の活用の考え方
1.はじめに
建物が建てられた時に想定した使われ方は、ある程度の年数が経過すると変化し、対応をせまられ、建替えをするものも多い。また、法律の改正や規制の緩和により、容積率がアップし、より多くの床面積の建設が可能になると、床面積を増やすことを目的として商業や業務関係の建物は建て替えられることが多い。しかし、そのような中にあっても、歴史ある建物の文化財としての価値や、デザインや空間の魅力を保存するための方策は、国や地方自治体そして民間レベルでも行われ、ある一定の成果を収めてきた。
文化財建造物(ここでは指定文化財を指す)の場合、文化財保護法のもとに文化財として位置付けられ保存されている。そのため「文化財になると規制が多く、自由にできなくなる」という声があるように、活用が許されないと思われがちだが、明らかに誤解である。とはいえ、かつての文化財行政の対象には神社、仏閣が多く、それらの性格上保存に傾倒していたあまりに、活用の面に光が当てられてこなかったことは否めない。そのため、たとえ活用されたとしても、保存されている建物を有効利用することが目的であった。
一方で、文化財以外の歴史ある建物(以後、一般建物という)の場合、所有者には「文化財としての指定は受けないが残す、そのため使い続ける」と思っている人が少なくない。この場合、保存と活用は一体化している。そのため、当初のように使われなくなったとしても、用途を転用するとか部分的に改造して使い続けるというように、文化財的な価値が減ずることもあるが、活用の延長で保存が図られている。したがって一般建物の場合、活用は保存のための手段であり、その方法も様々に工夫され発達してきている。
2.一般建物と文化財の活用の状況
一般的に文化財は規制され、一般建物は自由と考えられているが、これも誤解である。確かに一般建物は文化財保護法の規制は受けないが建築基準法の適用は受け、逆に文化財建造物は文化財保護法の規制は受けるが、建築基準法の適用は除外されている。これは文化財建造物にとっては、文化財の本来的な魅力を活かす上で極めて有利な条件である。しかし、この点が一般には理解されていない。
また、文化財保護法でも生かし、用いることが目指されているが、文化財的価値は損なわないことが重要であり、一般建物に比べ、控えめな活用になっている。一方、一般建物の場合、建築基準法上の既存不適合に該当するものも多い、従って、このまま使い続けることに支障はないとしても、増改築を行ったり、集会や宿泊施設に転用するには、防火規定、集団規定、
耐震規定など、建築基準法などの法的条件にかなうように検討してゆかなければならない。
1)一般建物の活用
一般建物の場合、デザインや空間の魅力を商業活動に活かそうとすること、あるいは民家などの魅力的な建物に住むことが一般的な活用である。商業活動に活かそうとする場合は、例えば煉瓦造のような歴史性を感じさせる空間を飲食店や物販販売の店舗に活用する方法が多い。また、歴史ある企業がその精神を継承するため、新築や増築をする場合でも、従来の社屋を残し、記念館にするとか、あるいは適度な機能を分担しながら実際の業務に活用することが行われている。
活用の型を見ると、同じ用途で継続的に活用する継続型の場合もあるが、煉瓦造の工場をビアホールにするように、デザインや空間の魅力を活かし商業的用途に転用する転用型の活用が多く、飲食店を中心とした商業施設や集会施設への転用などが多い。
2)文化財の活用
文化財の場合、日常的な使用を妨げない範囲で公開が求められるため、そのもの自身が公開されていることが多い、加えて、資料館やギャラリー、あるいは博物館のように展示施設として活用される場合が多く、概ね公開や展示を中心とした文化施設として活用されているのが特徴である。
活用の形を見ると継続型で公開型が主流であるが、最近では重要文化財でのコンサートなどのイベント型も出てきている。転用型の場合には記念館や展示施設への転用が多い。
3.保存と活用の一体化
一般建物の活用の場合に問題となるのは、設備水準などに現実的な不便さがあることである。そして、用途を転用する場合には、先述のように建築基準法の問題もあり簡単ではない。また文化財のようなチェックが働かないため、保存とは言えないような大幅な改造を行い、価値を減じてしまう場合もある。一般建物といえども、著しく価値を損なうことは本末転倒であろう。
文化財についても、近年見直され、活用が図られるようになってきた。しかし、その実態を見ると、保存あっての「活用」というように、活用は有効利用のように第二義的であり、控えめに行われているというのが現状であり、文化財保護法が目的としている活用が普及しているとはいいがたい。
1996年秋には、活用しながら保存することを主旨とした文化財登録制度ができ、少しずつではあるが、転用型の活用をしながらも登録する例も徐々に増えてきているようである。これをきっかけとして、これからの文化財の活用に新たな潮流がおこることが期待されている。
以上のように、今後歴史ある建物の活用を考える場合、一般建物も文化財も多くの問題を抱えているとは言え、それぞれの魅力や文化財として価値を活かし、利用する際の現実的な不便さなどは、可能な限り技術的に対応する意識的な試みが必要であろう。活用によって魅力や価値が再認識され、保存と活用が両立し一体となったあり方がさらに広まることが期待される。
■一般建物の活用の考え方
1.活用の原点
一般建物(歴史ある建物のうち文化財建造物を除いた建物をいう)の所有者がそもそも保存を考えるのは、代々伝えられてきた建物を自分の代で断ち切ることに対する躊躇、思い出の多い建物であること、企業の理念が表されていること、著名な設計者や棟梁が関係していること、地域で話題となり周辺の人が保存を勧めることなどが理由である。
そして、文化財にして、続く世代に迷惑をかけたくないという憂慮、所有している建物が文化財レベルではないという懸念(思い込みの場合が多い)、あるいは、文化財にすると規制が多く手続きが面倒そうなので自力で保存したいといった考えで保存が図られているのが現状であろう。
このように一般建物の場合、文化財の保存とは実は「保存」の意味が異なる。一般建物の場合、「保存」というよりは、「残す」という意味合いが強い。そして、そのような保存を果たすために使い続けるというのが活用の原点である。つまり活用は保存の手段であり、活用を続けることが保存につながっている。
2.多様な活用
建物を保存するために、活用の際には多様な試みと工夫がなされている。その多様性は用途と、建物の保存の型に現れている。
1)用途
活用の用途は、もちろん継続型の活用が主であるが、従前の用途が失われた場合でも、他の用途に転用して活用される。例えば企業の場合、工場や倉庫が企業の記念館や資料館として活用される場合もある。また保存するための財源の確保のために非商業的用途の建物が商業的用途に転用される場合も多い。
近年、話題となっているケースには、公共建築の場合、歴史的なデザインや空間を活かして図書館やコミュニティセンターや集会所のような文化施設やまちづくりの拠点に転用する例が多く、民間施設では、企業の記念館や商業的利用に活用する例がある。
具体的には、建築種別により多様であるが、中でも多いのが、民家や町屋、そして商家を含めた住宅の活用と蔵の活用である。そして同様に、煉瓦造りや、倉庫や工場に見られる煉瓦造は、耐久性もあり長期間の利用に適している。そのため、蔵などには主屋が建て替えられてもそのまま蔵として利用されることが多い。また煉瓦造の場合、当初の利用の目的が終わったとしても、構造的に建物の生命が終わったわけではなく、まだまだ使える建物が多い。そのため、用途を転用して活用することは経済的である。
また、公共建築の活用も多く、特に庁舎建築は、自治体のシンボルとして、象徴的にデザインされるケースが多い。そのような場合、床面積が不足しても、別館や分館を増築して対応し、旧庁舎はその床面積に可能な機能に絞られ活用され、保存されることが多い。また、小学校などの学校建築の活用も今後の課題である。特に都心では、空洞化や少子化に伴い学校の統廃合が問題化しており、そのような学校の有効利用や余裕教室の活用も含めて、今後検討すべき課題であろう。
2)保存の型
保存の型を見ると、継続型活用の場合は全面保存が多いのは当然であるが、転用型活用の場合は、内部を改造し転用するため全面保存というよりは、部分保存となる例が多い。文化財が控えめな活用となっているのに比べて、一般建物の場合、活用が前面に出るため、活用する用途に合わせた改造を施すことになり、場合によっては内部に大胆な構造を施すこともある。さらに、部分保存でも棟別保存や外観保存が主になるが、外観保存でも外観全てを保存するばかりではなく、石造の外壁の一部にハーフミラーなどを用いた現代的デザインを施すなど、文化財では不可能なデザインをすることもある。そして、棟別保存で機能の拡充のため増設する場合は、新旧並置や新旧融合方式の保存となる。
また建物の活用とはいえないが、外壁を残すファサード保存や、象徴的な部分を残すエレメント保存も行われる。そのような意味で保存の型も多様である。
以上のように、一般建物の場合、活用のあり方は用途の面でも保存の型の面でも多様な展開がなされており、またそのような展開が可能である。
3.活用に当たっての問題点
1)法的問題
活用に当たって問題となるのは、転用型活用で用途が変わる場合である。用途転用の場合、内装の模様替えばかりではなく、新たな用途に適合するための建築基準法など関係法令の法的条件が満たされる必要があり、建築基準法による確認申請手続きが必要となる。
特に蔵を住宅に転用する例に見られるような非居住用建物から居住用建物に転用する場合に問題が大きい。具体的には、居室における採光条件を満たすために開口部を多く確保する必要がある。また倉庫や工場などを、不特定多数の利用を目的とした集会所として転用する場合も法的制約が多い。このような法的な条件をクリアするために設備の改造が必要となる場合が多い。
2)構造的問題
木造や煉瓦造の場合、場合によっては構造上の問題が発生する。例えば転用型活用により構造体を変更する場合や、部分保存により全体的な構造のバランスを欠いてしまう場合、また荷重が増加する場合などに構造的なチェックが必要となる。
また、鉄骨や鉄筋コンクリートによる補強が必要な場合、既存の構造体との兼ね合いに注意する必要がある。
3)人的問題
茅葺き民家は、柱や梁の構造がしっかりしており、茅を葺き替えると十分に使える。しかし、問題は茅葺きにあり、職人がいない、茅が無いというように茅葺き民家を支える茅や葺く技術や職人の存続の鍵を握っている。そのため、集落としてまとまって存在する場合は職人の仕事が確保されるが、それ以外は仕事として成立し難く、建て替えが多くなっているのが現状である。
4.建築種別ごとの活用の特徴
1)住宅
住宅にも民家、町屋、商家、近代和風、洋館などがある。基本的には継続型活用が多いが、それぞれ以下のような特徴がある。
茅葺き民家に見られる例は、住宅としての継続型活用とその地区の資料館、コミュニティセンターなどの交流施設としてまちづくりの拠点となるものである。愛媛県野村町の土居家は、大規模な茅葺き民家で交流施設として活用されている(事例10参照)。
また、民家の場合、外部空間は広く納屋など他の建物もあり、それらの建物と外部空間を活かした活用が可能である(写真1,2)。特殊な例として、兵庫県朝来郡生野町の播磨屋本店円山店は床を取り払い、全て土間として喫茶店としている(写真3、4)。
町屋に見られる例は、住宅としての継続型活用とギャラリーやコミュニケーティセンターまどの交流施設である。また町並みの案内所や、奈良市の奈良まちづくりセンターのようにまちづくりの拠点として活用も多い。茅葺き民家と違う点は、茅葺きのような特殊な技術が必要とされない分、建て替えの割合が少なく活用される例が多いことである。また戸建てというよりは、長屋のように隣接して建てられ、町並みが形成された中での活用であり、中庭がある場合が多いが、外部空間は少なく内部の活用が重視される。
規模が大きい住宅の場合、資料館や展示館、または東京都文京区の鳩山邸のように記念館として、また長野県須坂市の田中本家のようにその家に代々伝わるものを収めた博物館として、また大広間をイベントに活用するなどのように多様な活用が出きる。また決して規模が大きくなくても、その雰囲気を活かした飲食店としての活用も良い。
2)蔵
蔵は本来的には主屋に対する附属建物である。住宅にある蔵の場合大規模なものは少ないが、施設の種類によっては、酒蔵や醤油蔵などのように大規模な蔵もある。活用には、住居として活用するものや、飲食店などの店舗として活用するもの、そしてギャラリーなどの展示施設として活用する例が多い。
昔から居間蔵、座敷蔵のように住居用に使われていた蔵を多少改造して活用する例も多い。しかしそれ以外の蔵でも住居として転用して使う例は少なくない。蔵は耐火性があり、窓を閉めるならば、火災時にも安全である。また遮音性もあり静かである。また太い梁を使った空間は他では得難い建設空間である。このようなところが蔵を住居として使う理由であろう。
給排水衛生設備や空調設備などを完備し、台所や浴室便所を整備すると静かで過ごしやすい家となる。また、神奈川県藤沢市の三宅章彦邸のように書斎や応接間として住居の一部として使う使い方も可能である。しかし、このように住居用として活用する場合、建築基準法に適合するように窓をなどを変更する必要がある。
飲食店としての活用は、蔵の雰囲気を活かした店とするためである。小さい蔵の場合、喫茶店や焼鳥屋などのように、こじんまりとした店として活用できる。その反面、米蔵や酒蔵などのように大きな蔵の場合、宴会もできる割烹などに使うことも可能である。神奈川県藤沢市の米宗の蔵は二つの米蔵を横に接続し、割烹として活用している。
資料室としての活用は蔵本来の用途に近い活用で、蔵にあったものを公開展示する例は多い。また蔵にあった資料ではなく、芸術家や地域のサークル活動の展示スペースとしてスペースを提供する例も多い。これも蔵が閉ざされた空間で遮音性もよく、ギャラリーとして人工照明が設置しやすいなどの理由にもよるが、「蔵での展示」として、展示空間としての「蔵」が客を引きつける要素になることにもよる。
イベント会場として活用する場合、基本的には大規模な蔵が利用される。コンサート会場やパフォーマンス、各種集会に使われる。このような大規模な蔵がまとまっていると、まちづくりの拠点ともなる。
3)煉瓦造の工場や倉庫の活用
大規模な煉瓦造の倉庫や工場は、煉瓦造の魅力を活かした活用が可能である。煉瓦造の建築は、現代建築にはない歴史性を感じさせ、トヨタ産業技術記念館のように企業の記念館や資料館、博物館などの利用が多い、建物全体ではなく、外壁の一部を保存し、駐車場のような外部空間を仕切るのに使われる場合もある。
またサッポロファクトリーのように、さまざまなテナントが入ることのにより、賑わいのある魅力あるエリアを創造することもできる。煉瓦造の建物は、我が国の近代化の象徴でもある。そのような意味で、我が国の近代化遺産として今後も象徴的に活用されるであろう。
4)公共的建築の活用
公共的建築には庁舎建築、博物館、美術館、また今は民営であるが駅舎などがある。庁舎建築はその自治体の象徴として、博物館、美術館は文化の象徴として、そして駅舎はその土地の入口の顔として、象徴的にデザインされている例が多い。
そのため、建て替えが検討される場合、保存が話題になる場合がしばしばある。しかし、現代的利用のため、現在の床面積では機能が不十分であり、保存する場合は別館を建設し渡り廊下などで接続するようになる。旧館は、継続型活用として全体の機能のうちの一部の機能を果たすこととなり、保存方式は新旧の併置による保存となる。しかし、敷地に余裕があればよいが、余裕がない場合、このような選択は不可能である。
また、神戸市立北野小学校のように、工房として活用される例もある。中では職人が製作しているところが見られ、工房のまちギャラリーとして一般の人のための教室も開かれている。
■北米におけるアダプティブユースの事例
1)アダプティブユース(Adaptive Use)とは
アダプティブユースとは、「新しい用途に適合させるために、建物に対して実質的な変化を加えること」である。これは日本語の「活用・転用」に近いが、よりプロジェクトとしての性格が強いと言える。そこで米国における"アダプティブユース"について簡単に紹介する。
米国でも戦後の開発ブームは60年代に頂点に達する。しかし、次第に平和な生活環境を壊したものとして、懐疑的意見が主流となっていく。そこでアダプティブユースという手法が新しい分野を開拓しようとする不動産業者と開発がひきおこす歴史的環境破壊から保護しようとする市民の双方の折衷案として表れたのである。つまりアダプティブユースは歴史的建造物の保存であると同時に新たな不動産開発の方法である。
既存の建物(主に歴史的建造物であるが、論理的には古くなくてもいい)が現代の用途に適応しないと判断された場合、すぐに取り壊すのではなく、本当にその建物に価値がないかを再確認する行為である。建物を壊すことは一瞬にしてできるが、失われてしまった価値を取り戻すことは困難である。一方、建物を残すことは、取り壊しという可能性も含め、全ての可能性をも残すことである。しかし、取り壊してしまえば、そうした可能性を全て失うことである。そういった意味から、取り壊すという行為は慎重に決断されなければならない。
そこで新築費用だけでなく、アダプティブユースの場合について見積書を作成し、所有者や開発業者らによって、あるいは歴史的建造物として認定されているなら地域のコミュニティや専門家も交えて協議される。その評価の過程から、「活用」とは異なるアダプティブユースの特徴がいくつかあげられる。
まずそれぞれのプロジェクトを考察する際のタイムスパンの長さである。アダプティブユースは単に建物を直して使うというだけではなく、その後どのように使われるのか、短期では最初の5年間程度の詳細な現金収支(キャッシュ・フロー)などを検討する(表1)。長期的スパンとしては10年後、20年後そして30年先までも考慮しなければならない。そのため建物の修復費用だけでなく、マーケティングやビジネスなどの事業収支なども含めトータルで検討することが要求される。そうしたなかで予測がもっとも困難なのは、何年か後に予測される修理費用である。しかし、米国では次第に経験豊富な専門家が増えてきており、その経験に基ずく予測が行われるようになっている。
さらにもう一つの特徴としては、建物のみに限った場合、新築の見積の費用は、取り壊しと新築の費用という主に2項目なのに対して、アダプティブユースに関しては、所々で修復するためそれぞれについて計算しなければならず、複雑な計算を要する(表2)。
例えば、利益を生みかつ減価償却され得る歴史的建造物を修復する場合、修復を支援するための合衆国による税制優遇措置を利用することができる。しかし税制優遇を受けるためには、歴史的価値を損なわないようにガイドラインに沿った修復を行わなければならず、修復費用が高くなることもある。また増築はガイドラインにそぐわないために、床面積を広げることができないといった制約も発生する。そうした制約から、経済的側面から見るとあまりインセンティブ(刺激策)にはならないように見える。
しかし、米国では全般的に歴史的建造物として登録されることやそれに相当すると州や地方自治体によって評価されることは一種の名誉であると捉える風潮があり、このことがビジネスに影響を与えることもある。例えば、所有者がNPOである場合、社会活動に貢献しているという理由で、企業や財団から建物の保全だけではなく活動に関しても補助金を受けたり、低金利の融資を受けたりと様々な経済的優遇措置を受けることもできる。
これは一例であるが、アダプティブユースの見積書を作成するためには広範な知識が必要とされ、単なる金銭的な比較ではないことがわかる。
アダプティブユースの成功の秘訣としては、できるだけ多くの事例を見ることであると言われている。まず自分の所有する建物にアダプティブユースの可能性があるかどうか。可能性があるとすると、例えばレストランを開業するのにどの位の規模が必要とされるのか、現行の法規に適応するために他のプロジェクトではどのような対策を講じているのかということを、事例を通してヒントを得ることができるからである。
2)アーケード(The Arcade:1828)
前述したようにアダプティブユースは、新しい不動産開発の一つの手法である。そのため開発のプロセスは基本的に不動産主導による新しい開発のそれと同じである。そのため開発のプロセスは基本的に不動産主導による新しい開発のそれと同じである。しかし不動産業者によるものではなく、歴史的建物を所有する非営利団体あるいは半公共団体、または歴史的建造物を保存したいというコミュニティによってはじめられることもある。
プロヴィデンスにあるアーケードはその一例である(写真1,2)。プロヴィデンスの中心部に位置するアーケード形式のショッピングモールとして1828年に建てられたものである。歴史的価値を有しているにも関らず、1940年代に取り壊しの危機にさらされた。しかし保存を求める市民活動によって結成された非営利団体によって1944年に買収され、再び活用されることになったのである。この結果、歴史的モニュメントとして残すことができただけではなく。非営利団体の活動を支持する財源となっている。
3)ポートランド市、メイン州(Portland:Maine)
メイン州のポートランド市では1970年代から80年代にかけて、合衆国による税制優遇措置を受けた修復プロジェクトが多く実施された。
写真3の中央の建物は、窓の格子がないなど、歴史的要素をできる限り保存する事を目的としたガイドラインに沿った修復は行われていない。そのために連邦政府による税制優遇措置の対象外となっている。不動産業者がコストの高い格子付きの窓枠を採用してインセンティブを受けるよりも、修復費用をかけない方がコストパフォーマンスがいいと判断したからである。
一方、右の建物は税制優遇措置を受けることはできなかった。上階にペイントハウスを増築したために(写真4)、国家公園局(National Park Service)と州の歴史保全官(State of Historic Preservation Officer)さらに開発業者の間でガイドラインの解釈について相異があったのである。何度か修正された後、最終的に税制優遇措置を受けることができた。
両者を比較してみると、格子のない中央の建物は、若干、レンガの重量感が失われている印象を与える。
しかし全体的に見て、ガイドラインに従わない物件も、周囲の歴史的環境を配慮した物となっている。一方、内部に関しては比較的手を加えず、歴史的価値が十分に活かされているものが多く見受けられる(写真5)。
4)ミュゼ・ド・ケベック(Musee du Quebec、Canada)
これはカナダの事例であり、さらに公共の施設であるために米国におけるアダプティブユースのようにビジネス的側面は強くないが、非常に上手い活用例なのでここで紹介したい。
ミュゼ・ド・ケベック(1861−67)は既存の美術館(1933年開館)に、近接する建物をつなげて改築され、1991年に1つの美術館に併合された。増幅された建物部分はもともと1867年にベレルジェ牢獄(The Charles Baillairge)として建てられたもので、1970年代にはユースホステルとして使われていた。
旧来の美術館への統合に際し、2つの建物は連結され、その連結部分はレストランやミュージアムショップとして利用されている。牢獄本来の閉鎖された空間は明かりを嫌う絵画展示に効果的である。一方、階段や廊下部分は開口部を多くとり、明るい空間が作り出されている(写真6)。また独房は19世紀の牢獄の生活を展示するためにそのままとなっており、オリジナルの建物としての性格も残されている(写真7)。
5)進行中のアダプティブユース・プロジェクト:ピアA(Pier A,N.Y)
マンハッタンのバッテリーパークに位置するピアAはアメリカの移民の海洋史、ひいては歴史を語る上でも貴重な遺産である(写真8)。すでにナショナル・レジスターにも登録され、ニューヨークのランドマークとしても登録されている。埠頭は1885年に建設され、翌年には、現在アダプティブユース・プロジェクトが進行している埠頭小屋が建てられた。
今日、この埠頭小屋はアルミのサイディングに覆われ、さらに3階部分が増築されてしまいオリジナル部分がかなり失われている。しかし計画ではできるだけオリジナルの状態にもどし、主に観光客を対象としたレストランやバーからなる飲食店と、埠頭の歴史を展示する展示スペースとして活用される予定である。脇にはニューヨークの最大の観光名所であるエリス島や自由の女神へと結ぶフェリーの船着き場があり、一年中観光客が集まる場所であるにもかかわらず、この周辺には飲食店が少ない。幸いにもオリジナルの写真や図面、多くの伝承が残されていたために史実に基づく修復計画が立てられた。また、合衆国の税制優遇措置も受けることができたプロジェクトでもある。
以上、4つの事例を通して、アメリカにおけるアダプティブティユースの現状の概要を紹介した。規模や活動主体などそれぞれのプロジェクトで異なり、また一つ一つのプロジェクトでは様々な工夫が取りいれられている。アダプティブユースとは、市場原理による保全の一環であるが、個人でもアダプティブユースを行っているケースも少なくない。
本来、アダプティブユースは新しい手法ではない。戦後の「スクラップ&ビルト」が台頭する以前は、ほとんどの建物は増改築を繰り返しながら使われつづけてきた。しかし、この伝統が一旦破壊されてしまったために、アダプティブユースという概念が新たにいわれるようになったのである。しかし見積書を作成し、数値として捉えづらい歴史価値を評価する視点は新しいと言える。
(※書籍『歴史ある建物の生かし方』(学芸出版)より)
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