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■第1回研究会/「第2回近代産業遺産アート再生学会」2006年9月23日
西陣SOHOづくり Project
研究発表者:奈良 磐雄(京都造形芸術大学教授・NPO法人京都西陣町家スタジオ代表理事・学会理事)
1. 西陣地域のまちづくりの概要
対象地域は、京都の代表的な産業である西陣織の産地として千数百年にわたり繁栄し、今出川大宮付近を中心に西陣織の各工程が専門分化し、地域内に拡がる職住一体の町となっている。京都の中でもとりわけ歴史と文化に育まれ、町家の連なる町並みなど京都らしさを今に伝えている。しかし、生活習慣の変化や産業構造の変化による地域空洞化にともない、町家の一部がマンションや駐車場に姿を変えつつあり、地域のアイデンティティーが失われつつあるのが現状である。
京都府では、京都らしい町並みや地域のアイデンティティーを守りつつ新しい産業を誘致し地域の活性化を図るために「西陣SOHOづくりProject」をとおしてさまざまな支援活動を行っている。
2. 西陣地域に関わり始めた時期・契機、対象地域に関わる他の団体との関係
2000年度、2001年度に、京都府および財団法人京都産業21の委託事業として京都造形芸術大学が、対象地域における新規事業可能性を探る調査研究事業を実施するなかで、京都府をとおして@Net Home社、ベネッセコーポレーションと出会い、ともに「西陣SOHOづくりProject」に賛同してそのコンセプト実現のための中核的な組織のひとつとなることを目標に当法人が設立された。
1999年度に設立された、芸術家の町家入居の支援を始めとする西陣地区での空き町家の貸し手・借り手の仲人役となる民間ボランティアグループ「町家倶楽部ネットワーク」とは、地域住民を対象とする人材育成事業の一部を委託する等の相互協力を行っており、今後もSOHO事業者の起業支援等に関してさらに協力を深めたいと考えている。
3. これまでの実績の概要および得られた効果
<2002年度>
2002年度は「京都町家スタジオ」として設立された当法人の活動を開始することが主たる事業目的であった。当法人の目的は、都市居住地域での地域の保存と活性化を事業活動を通じて行う事であり、具体的に京都西陣に位置する京都西陣町家スタジオにおいては西陣の旧来の町家居住空間をそのまま保存活用し、町並みを変えることなく従来の西陣織物染色産業に代わる新たな都市産業を起こすことにある。そこで、対象とする新規産業を都市居住空間の環境を破壊することなく、産業としての将来性が高いデジタル情報産業とし、その中でも特に京都西陣という立地条件に合致したデジタルデザインとブロードバンドインターネットコンテンツの制作事業を選んだ。
2002年度はそのために必要な人材の育成と環境の整備及びSOHOの実験的事業を行った。また、町家スタジオギャラリーの整備を契機とし、西陣地域の町家保存やSOHO活用の具体的な提案等についての情報発信事業等、地域との連携の取り組みも行なった。
▼主たる事業
a. 京都西陣デジタルプロデューサー育成事業 …京都府委託事業(→継続2006年3月末)
b. 西陣SOHOデジタル人材育成事業 …財団法人京都産業21委託事業(→継続2006年3月末)
c. 京都西陣町家スタジオ施設整備事業
京都西陣町家スタジオ施設整備事業においては京都府からの補助金に加えアップルコンピュータ社、日本アイ・ビー・エム社、ヒューレットパッカード社から運営に必要な機械の提供を受け、マルチメディアデザインスタジオ、マルチメディアギャラリーの整備を行った。
d. ブロードバンドインターネットコンテンツ「京のおばんざい歳時記」制作
…@Net Home社の委託事業(→継続2005年3月末)
e. マルチメディア教材「修学旅行ナビ」制作 …ベネッセコーポレーション委託事業
f. 町家スタジオギャラSOHO等まちづくりに配慮した都市の再生の提案事業
「京都デザイン優品2003」展 ギャラリーにて …2002年12月〜2003年1月
「町家スタジオの事業発表・都市の産業再生のモデルとなるデジタルSOHO実践紹介
…2003年2月
「伝統技法とのコラボレーション事例の発表」…2003年3月「カフェ西陣」伝統技法を活かした新商品のアンテナショップに発展(→継続中)
g. 地域産業資源調査事業
京都府が1997年度に実施した西陣地域におけるSOHOビジネスモデル調査について、都市の再生の観点を踏まえフォローを行う。
産業の受け皿及びまちづくりの視点から、最新の町家の状況の把握を行うとともに西陣地域におけるデジタル産業集積の可能性を把握するための産業資源調査を実施する。(デジタル分野とコラボレートできる可能性を秘めた産業分野のシーズ等)…国土交通省委託事業(2003年1月〜3月)
<2003年度>
2003年度は引き続き西陣SOHOの担い手となる人材育成事業を行うと共に、事業活動展開の第1年度と位置付け、年間を通じてデジタルデザイン啓蒙活動とブロードバンド・インターネット・コンテンツの制作事業を行った。
▼新規にスタートした事業
a. 町家スタジオの3室をインキュベート施設として活用(京都府認可)(→継続中)
b. ブロードインターネットコンテンツ制作 …@Net Home社の委託事業(→継続2005年3月末)
デジタル技術コンテンツの代表分野として総合的な製作技術を必要とするブロードバンド・インターネットコンテ
ンツの制作を事業分野と設定した。京都の立地条件を活かした京都ローカルコンテンツを定期的に制作、年間を24の節気に分割し、主としてこのサイクルに合わせて、京都に関連する食・文化・生活などの情報をブロードバンドインターネット向けのデジタル映像コンテンツ「文化逍遊-京都派」として制作。2003年度に一順(24節気)翌年以降同じ枠組みの中で新しい情報発信と制作を行った。この京都ローカルコンテンツは、事業委託元の@Net Home社のインターネットサービスのひとつとして全国100万世帯(2002年12月)の加入者に対して配信された。この京都ローカルコンテンツはいくつかの分野から構成されるが、そのひとつとして2002年度に試作試行されたお料理教育番組"京都おばんざい"を発展させたお料理教育番組も制作し、これはお料理番組として単独でも提供された。またNHK大河ドラマ「新選組!」放映と連携し、独自の視点で「新選組見聞録/見直し新選組」を制作し発信した。
c. 「西陣IT路地」運営事業 …京都府・NTT西日本委託事業(→継続中)
西陣電話局の建物(国の登録有形文化財)の一部を活用して、高度情報機能を活用できる起業家支援のインキュベート施設(9室)として運用。
d. 地域求職活動支援事業 …厚生労働省より受託(→継続中)
就職に必要な「人間力」アップにつながる各種講座の企画と運営。
IT技能習得講座(15?16名、3種類5講座10回)
キャリアデザインセミナー(13?16名、4種類6講座4回)
e. KYOTO STYLEブランド開発事業 …京都府、@Net Home恊働事業(→継続発展)
2003年秋のニューヨークコレクションに出品する二人の若手外国人デザイナーを招いて、西陣織・京友禅・丹後ちりめん関連企業6社が素材提供する企画を進行し、40点の作品が「From Kyoto With Love」をテーマとして発表され、好評を博した。この経験を生かし京都の繊維・インテリア業界から協力会社を募り「KYOTO STYLE」のブランド名で商品開発を行なうプロジェクトを企画。
<2004年度>
▼新規にスタートした事業
a. 京都市動物園・京都御苑Webサイトリニューアル等制作事業(→継続中)
b. リスタートウィークin京都事業(→継続中)
シニア世代のリスターターのための情報交流ネットワークづくり。リスターター相互の情報交換ネットワークの確立。退職や転職、企業内異動などの節目に向けてのリスタート・セミナーの実施運営。リスタートの現状についての情報収集・蓄積・情報発信。
c.京都地区町家民泊ネットワークプロジェクト(→継続中)
<2005年度>
▼新規にスタートした事業
a. 町家生活実態調査記録事業 …京都造形芸術大学「オープンリサーチ整備事業」選定研究。町家生活実態調査記録DVD制作受託事業
b. 京都地区町家民泊ネットワークプロジェクト(→継続中)
c. IMAプロジェクト …京都造形芸術大学、立命館大学、京都情報大学院大学、スタンフォード大学と任天堂、京都府が協力し、起業家やプロデューサを目指す学生等に、DSを活用したコンテンツの企画提案および試作開発を行なわせることにより、起業家人材の育成を通じた地域活性化を目的とする事業。(→継続中)
d. 「KYOTO STYLEギフトデザイン」コンペ事業(→継続中)
「KYOTO STYLE」は、京都の人と風土が培ってきた伝統的デザインを、今の時代の暮らしに新しいスタイルとして提案する地域ブランドです。新しい時代のデザインを、ジャンルや地域を超えた若手デザイナーと京都の伝統職人がコラボレーションすることで作り出そうと考えている。京都西陣町家スタジオは、そのための新しい方法を考え、社会につなぐお手伝いをする。京都を代表する世界的な企業が、KYOTO STYLEの趣旨に賛同し、企業としてのバックアップの方法として自社の贈答品のデザインを広く募集する、というもの。第1回の協賛企業はアミタ株式会社、オムロン株式会社、大日本スクリーン製造株式会社、村田機械株式会社、ローム株式会社、株式会社ワコールホールディングス。
e. 町家有効活用事業
「福大明神寄席(落語会の開催)」(→継続中)
<2006年度>
▼新規にスタートした事業
a. 町家有効活用事業
「生け花講座開催」「着付け講座の開催」「キャンドル講座開催」
活動開始からの6年間を振り返えると、産学官がそれぞれの目的を恊働で達成しようとする我々の活動は、設立から2年目までは順風万帆で、国内外からの視察も相次ぎ対応に追われた。設立当初から資金面でも中核であった2社が、2年目、4年目には続いて撤退するという厳しい状況に見舞われ存続が危うくなったが、必要経費の大半を占めていた町家家賃の大幅な値下げ交渉が成立したため継続可能となった。会員各位の尽力と関係機関・各位の協力により活動を継続している。
正会員 16名(理事含む) 法人正会員:1社
代表理事:奈良磐雄 理事:田中貞夫、田中隆章、田中良彦、福永 寛
特定非営利活動法人京都西陣町家スタジオ
京都市上京区葭屋町通中立売上ル福大明神町128 〒602?8233
TEL / FAX 075-441-4100 E-mail:info@nishi-jin.net URL:http://nishi-jin.net
【奈良先生】
● 研究会発表 詳細
▼奈良先生
(奈良)皆さん、改めましてこんにちは。京都造形芸術大学のキャリアデザインセンターでキャリアについて学生さんにはお話をしています。で、授業のほうもやっています。
で、もう一つやっていることは経お話します、京都西陣町屋スタジオNPO法人、それの設立までの経緯と、設立してから4年目にはいってるんですけどそれを写真を交えて、ご報告さしていただきます。
レジュメといいますか今日お話したいというか西陣町屋スタジオに関してのことは、皆様にお手元に配っていただいております三枚のペーパーにかいてますので、それはそれであとで、見ていただいたらいいと思います。
1997年、今からさかのぼること9年くらい前になると思うんですけど、京都府の方が
ですね、西陣地域、行動的な産業と京ということもありまして、織物の町という西陣がどんどん衰退化していると。それに対して、どのような街づくりをすればいいかというのを京都造形系術大学が西陣の織物工業組合さん、そして、行政それらが一緒になって、まぁ、考えましょうという研究会が発足しました。当時の現状ということですが、仕事ですね、織物関係の仕事なんかが、どんどんなくなって、減っていく状況になって、立ち行かなくなってそっから家を売って、出て行かなくてはならない。そういう細かい家なんかをまたまとめて、いわゆる地上げというか無理やりではないかも知れませんが、まとめて、大きい土地なったところにマンションが建っていく。
という風な状況がいわゆる町家という食住一体の環境というものがなくなっていっている、いったわけですね。誰がいったんかはっきりした根拠はわからないんですが空き町家が800件あると。言われていて、そういう状況が続くと改善されないとどんどんその町家がなくなっていく状況があると。また、西陣の特徴として非常にここにもありますようにデザイン技術というふうに関しては、優れたものがあり、また日本の特徴としては産業、織物なんかを世界へまた、ケンレンしていく商売としていっぱい成り立っているものがある。
それを作っている町であると。
で、そういった、食住一体の中で作られるものが、交代次のものとして同じような環境の中でおおきな装置なしにデジタルという世界がどんどん発展してきましたから、それのコンテンツ作りという部分なんかにまた、携われば食べて行く道ができるのではないかという風なことで、情報発信と町や活用を促進していきましょうと、で、それの呼びかけに地元の融資の人々、産業界の人も、行政の人も含めて、『町屋倶楽部ネットワーク』というのをつくったということで、それらはまず、西陣にどういう人達が、やる気のある人達がいるのかっと言うのを足で稼いで、地図を作って、それら訪ねていくことによって西陣そのものの街の中も歩けるし、小さなアトリエなんかでやっておられるわけですから、そういうところをちょっとオープンにしていくというふうな、あるいは空いている町屋というものを使いたい、アトリエとして使いたいとか、小さいお店として使いたいという人に、紹介していく施設なんかも『町屋倶楽部ネット』のひとたちは始めました。そして、『京都西陣町屋スタジオ』私たちが、携わった部分ですけれど、産学ですね、ものづくりの人達と学校というものが協力して、どういうことが出来るかと。で、一つの命題として、ITですね、インフォメーションテクノロジーというものを結びつけてそういった、コンテンツ作りみたいなものの拠点に出来ないかと、ということではじめました。コンピュータといってもなかなか西陣に住んでいる織物をやっていた人達という、お年寄りに関しては難しいかもしれないけど、若い人達もたくさんおいるわけですからそういうひとたちに対しての、講座ですね、コンピュータ、こういうことが出来ますよ、っていうふうなことをなんかも含めて人材育成なんかも始めました。それの拠点として、町屋スタジオを位置づけたということです。次ですね、これで文章の方は終わりますけれども、情報発信と町屋活用の促進ということでホームページによる情報発信。これは、西陣に住んでいるたくさんのものづくりの人達やアーティスト、それやまた、作品も含めて、ホームページやなんかで紹介していく。それから、イベント。西陣祭りなんかも含めてですね、いわゆる、人と人が新たなつながりみたいなんかを持つようなイベントも開催すると。それで、西陣に注目は結構集まったんですけれども、今度は貸してほしいという人達は多くいても、貸す側というのが相当にやっぱり町屋そのものも年代もたってますし、すぐに使えるという状況もなく、また貸したら返してもらえん様になったら困るみたいな、いわゆる持ち主の方もなかなかさいしょは動こうとはしない。その辺が大きな問題ではありました。一つの背作として、プランは出来たけれどもそれを具現化していくという部分において、なかなか教条のプランだけでは無理。その辺で、具体化に向けて『町屋倶楽部ネットワーク』という部分で、先に進められた方々とわれわれ、大学を含めてのメンバーが集まったいろいろ、説得を含め、出会いの場なんかをつくりました。で、最始のうちはまだ『町屋スタジオ』というものではなくて『西陣デジタルドキュメンテーション研究会』というような形で、研究会というものを開きました。
『西陣町屋スタジオ』の設立そのものというのは、2001年の10月ということです。で、その『デジタルドキュメンテーション研究会』とことはのは何をやったかといいますと。ここにもありますように、小学校で、総合的学習の時間でコンピュータを使った勉強あるいは地域にかんする総合的な学習というものをあるいは、外国の文化なんかもそれ、インターネットも使って勉強しようという感じ。でも、小学校ではどうやっていいのかわからないという風な先生方の悩みもあって、じゃあ、我々として、その当時情報デザイン研究室に属してましたんで、そこで出来ることとして、西陣の子供たち、小学校の3校に呼びかけて、子供たちに西陣にことを日本中の子供たちに知られるホームページをつッくって下さいという風なミッションを西陣織物工業組合の方から与えていただいてですね、われわれ学校サイドとしてはティーチング、教える部分、学生なんかはアシスタントとして、べたっと小学生と一緒に西陣の街中を歩くのに一緒になったり、あるいはホームページを作ったりするのに、一緒に子供たちにまず『こうしたい』『あぁしたい』という希望をきいて『じゃぁこういう風にしたらいいよ』というふうな教え方をしながら、夏休みがメインでしたけれどもやりました。それが、この絵にあります、このメンバーたちで、また西陣織工業組合の理事会が開かれるようなばしょでですね、発表会も行ったということです。
で、先ほどありましたのは、『町屋倶楽部』が事務所として使っていた、この右下の非常に織物工場の跡です。織機で常織る機会なんかも、ガサッと片付けてしまったガランとした空間ですけれども。それに、2重のスペースですね。骨組みに作って、『町屋倶楽部』の方が事務所として使っておられたスペース、コーナーを借りて子供たちと一緒にやったということです。そこは、一応一年間の半年ですか、契約で使わして頂いて、その後『デジタルドキュメンテーション研究会』も続けるというかたちで第2の場所を探して普通のおうちなんですけれども、これも町屋といいますかちょっと新しいんですけど、こういうな場所で半年ばかり、ここに机を並べて、コンピュータを入れて、また、ソフトなんかの開発なんかもやりました。いよいよ、『町屋スタジオ』本格的な形になっていくいうのは2002年の3月、NPO法人化するという形で、西陣の町のロケーションですけれども、ご承知の通り、堀川というのが北から南へ京都の町の中心をずっと流れて、左上にありますように、三面張りの非常に味気のない川の様子になってますが、そして、堀川通りがどーんと背骨のように通ってます。そこから一枚、川一枚ですね、一筋西へ入ったところの福大明神町というよしや町通りという通りなんですけど、そこに、150坪というと血の広さと、建物もそのものも1階と2階を合わして150坪ぐらいの町屋、町屋というより居宅なんですけどね。地区80年くらい大正末期から、昭和初期くらいにたてられたという建物で。最初は質屋さんが使っておられて、その後染屋さん。染屋さんですね、染屋さんの代に移って、使われていたと。近くには、安倍晴明の、晴明神社がある近くです。一条通りの近くです。
そして、その建物ですけれども、ちょっとこれ、ちっさくて、一階部分ですけれども、かなりたくさんの部屋があって、そのままここの持ち主の方の今現在の持ち主のお父様が住まれていて、なくなられた後、そのままの状況になっていて法事ごとには使われていたみたいですけれども結構、埃とか家財もそのままにしてあって、これを今は必要なくなったんで駐車場にしようかというふうな計画もあって、それでは余りにももったいないんじゃないかということで、ココを先ほどのせさくと、京都府のセサクと相まってですね、スタジオにしてですね拠点にしようということにしたというね。
これはまだ下見に行ったときの写真です。もうちょっと具体的に見ていただきますと、これが通り庭というだいどころの部分ですね。玄関の方みて、奥から見てますけども、井戸もある、井戸はもう使ってられなくてもう、ポンプで水をあげて使われるというふうな。ここは非常に裏千家さんのなんかもある、そのずっと水脈がですね、きれいな水が流れている、地下水が流れている場所です。
これは、表の庭、だいぶ荒れてしまってますけれども、こういうような庭。そして廊下ですね。だいぶ埃がつもってますけれども。
そして、これは仏間といわれる部分です。昼間も暗き町屋なんですけれども、これが、奥の表の座敷になります。そして、これが奥の裏の方の一番、お父様が住まれていてお客様でも、一番大事なお客様が通られるような場所。部屋として使う。
これが居間ですね。家族四人がここでほとんど、過ごされていた場所です。台所も、ちょっといわゆる台をつくってですね、昔は一々下まで降りて、やらなければいけない状況やったんですけれども、こういう台をつけて、でも、真ん中はとおれるようにですね、道があいとるんですけどもね。
裏の庭からみた建物、旅館みたいなでかい建物ですけれども。たくさん、古い燈籠なんかもあり、非常に立派な贅沢なおうちですけれども、これが二階で、とんとんとんと階段あがっていってすぐのところにこの、物置みたいな3畳のところがあって、染屋さんでしたんで、その階段上っていったところからの表側の東側の方にはこういった物干し台。もうつかってなくて、朽ちてる状況でありました。それから後4部屋あったという状況ですね。それをまたちょっと大きくみていただきますけれども、こういう風にして使われていた。
これは娘さんが使われていた洋風な漆喰でちょっと作られていた、洋間風に作られています。でも、畳でしたねこれはね。また、それの西側の部屋ですけれども一つ一つ立派な床の間ですか、まであるようなおうちです。これが物干し台。こういうふうな平面図を。お金ももちろん、ありませんし町屋そのものを保存活用するという基本姿勢で出来るだけ現状はかえない。ただ、パソコンとか使ってのインキュベート施設いやゆる、人が育っていくための事務所、いまも5つのこんな、一つ一つは小さい部屋なんですけど5つの会社といいますか、個人事務所を含めて5つの団体が活用している。
こういう風に、掃除だけはですね、学生さんに一週間ほど掛かって手伝ってもらって、ほこりとかそういういったもんを全部きれいにしたあと美術展をやろうということで、タイトルも変ですけど、珍築…珍しい、建物の展覧会。それぞれの、卵にですね、アーティストの卵にですね、自分の使いたい場所をエントリーしてもらってダブった場合は話し合いをしてという形で調整して、それぞれがそれぞれの、場所とイメージ、場所のイメージから作品をつくったというかんじで。お風呂場はお風呂場で活用の方法もしてますし、蔵ですねこの真ん中にあります、燈籠の向こうにある蔵があるんですけどそこの二階の部分にはこういった映像を映写する形での展示場に活用してます。
そういう風に町屋を活用したITの拠点としてのいわゆる宣伝、広報なんかもマスコミなんかも取り上げてくれて、結構有名になり出したところで、これは、香港デザイナー協会さんが、京都のそういった古い建物中でなんかやってはる。と、見学に来られたりして、これは単なる記念写真ですけども、われわれとしては町屋の活用、人材育成、新しい産業を開発していくということをやってますということで意見交換しました。なにより、香港の人達が驚かれたのは木造の建物。香港、ご存知のように、まさに狭い地域に、乱雑しているわけですねコンクリートのビルが。こんな、豊かに気を使って気と紙と土の建物というのは非常に珍しい。ということでした。で、通り庭の部分ですけれどもギャラリー機能にしようということでハイテクのIT関係のコンテンツ制作をオン・ザ・ジョブ・トレーニングといって、仕事をしながらスキルを学んでいってもらうと、そういうふうなことをやりましたんで、それの情報発信の場、勿論ネットを通じて発表もするし、ココの場所を使って、こういうふうな形でのダイレクトの展示というものも可能な場所にしました。右下にありますのは、京都デザイン協会という協会があるんですけれども、そこの人達が京都のものづくりをしている人たちに呼びかけて、優品というね、優れた品をだして頂いてその中から、審査員が選ぶと。これは、京都にふさわしい商品ですよということを認めるというか、そういう事業をやっておられるそれの展示なんかもここでやりました。
二階も一階もですけれども畳だけはちょっといわゆる椅子で、やる仕事には向いていないので床だけはフローリングに張り替えて、あと四方にコンセントですね、センターに情報コンセントをもってきて、こういった、アトリエ仕事のの出来る場所として小さな改装をしました。まぁ、人材育成研究会という形で座敷であったり、近場に小さな事務所、一番上なんかは音関係のスタジオをおられる方がおられて、その地域の人達にもやっぱりコンテンツをつくっていくには音も非常に重要なんでその場所とも提携しながら、講座なんかもやっていきました。その場所で京都府からの一つの事業委託みたいなことで京野菜を使った、京野菜というものをインターネットで広報したい。そのコンテンツをつくってくれという風なこと、あるいは舞鶴ですね、京都府の日本海側の入り口アジアの入り口ですけれども、舞鶴港をもっと活用するにはということで、舞鶴の情報。それで、一つのストーリーとして考えたのは韓国の人達の修学旅行を京都に招く、ふねで舞鶴に来ていただいてそこから京都に入ってきていただいくというふうな、京都案内する。ウチの大学はユ・トンジュンさんという有名な韓国の詩人の記念碑を作りましたけど、高原校舎に、そこなんかも案内するというふうな企画も盛り込まれてます。それと、もう一つの人材育成でありまた、近代遺産の活用ということで、旧京都中央電話局西陣分局というのが堀川通りをはさんで、町屋スタジオの堀川通りを挟んで、東側に西陣電話局というのがある。その建物というのがここと同じように府の指定かな…の文化財になっています。
そこを一階の部分をIT情報疎水という京都府が推奨している、ぶっといネットワークですね、電話局ですね、それが電話局ですから通ってるわけですね。それを活用したインキュベート施設として作って、そこを活用できる人たちというのを公募して、利用してもらう。非常に値段も、安く1u1000円というような値段設定でやっています。
最大三年でさらに、大きくなって出て行って下さいというふうな色んな形での専門家のサポートなんかもするというふうなことの事業もやってます。
で、西陣町屋スタジオの新しい産業起こしの一つに京都の伝統的の産業のひとつの織物等を一つ単なる例ですけれども、アメリカのニューヨークのコレクションに出すような若手のデザイナーに京都でのものをですね、提供してそこで自由にニューヨークコレクションにだす作品をつくってくれっというオーダーでやった、一つの事業もあります。
ライザーリメイさん、右上の新聞記事にあります、『ライザーリメイも見に来た』という風案、ちょっと面白いファッションショーになったそうです。でも、現実パーンと紹介はされたけどその後のこのネットを通じてこの商品はここで取引できますよという風な仕組みは作ったんですけれども、具体的なオファーといいますか取引にはならなかった。もう、残念ながらそのネットは閉じたという形になっています。
それと初めいてまた新しいものづくり、京都はやはり職人さん、素晴らしい技をもった職人さんとまた、若いものづくりを考えていう人達、若いというのは精神的な部分で、いわゆる実年齢関係なしに若いという風に考えますが、その人達がいっしょになって新しいものづくりを何かしましょうということで、よびかけて、この、1、2、3、4、5、6つの企業さんがスポンサーになってそれぞれテーマが出ました。
そのなかで、三つだけ採択された部分があって、これは一つ東京の環境の会社なんですが、アミタさんというところで、サッセニャ風呂敷ということで、これは京都の板ではないんですけれども、いわゆる杉の板と項開くとぺらぺらとなって、パッケージにもなるし、それえがまた台紙にもなって、これがA4の台紙なんですけれどもね、サイズなんですけれども。
風呂敷だけやったら、角が風呂敷に包むと折れてしまいしますよね、書類はね。それがこの台を使うことによって、裏返して使うことによって、きちっとすると、それが台紙になって風呂敷で包めるというような新しいパッケージ、ゆうようなモノを提案して記念品として配られたということです、それとかあるいはもう一社、大日本スクリーンさんがスクリーン、モノをいわゆるうつしていくという、転写していくというふうな印刷関係の資材も作っていらっしゃる会社ですが、そこの記念品として、一輪挿しです。このアイデアはね、シリンダーに周りがあったものにうつりこむわけですけれども、それが新しいこのシリンダーを磨く技術というのがこれがなかなか大変な技術で京都の技術なんですけれどもそれらを現代風に活用した賞品として開発した柄違いみたいな…20点つくったモノです。
とういうふうな形で『西陣町屋スタジオ』六年間なかなか色んな形で苦労しながら、関わってるものはすべてボランティアでやってるわけですけれども、会員組織でNPO法人、あんな大きな町屋をですね、維持していくのに最初はですね、最初の三年間というのは70万という家賃、その70万というの数字はどっから出てきたかって言うと、『駐車場にしようか』という算定からですね、大体20台はいるのちがうかと、ほんで1台3万やと。
荒っぽい話ですけどさんにが60万。プラスアルファ、みたいなかたちで70万。それをですね、払ってくれたというのは東京のですねコンテンツ会社、インターネットサービスプロバイダーというのが一つ、メンバーにありましたんで、東京のものづくりというか、情報を扱っていく世界はお金の考え方が違うんですね。70万いったら、7万くらいの感覚、違いますかね。
そやから、ぼんぼん出してもらえたわけです。そやから、やれたんですけどそこが、その社長が出すね、ヒロスさんとおっしゃる方ですが、今はコロンビアエンターテイメントの社長に、パーンと社長自らが移っていかれるようなこともITの世界ではありましてですね、あの我々を直接的、経済的には支援することが出来ない、形になってしまって、大家さんにですね実情を話して今の70万では、とてもやないけど私たちにはよう持ちこたえられませんと、そやけど向こうとしては長く活用してくれるんやったらということで、半分35万にしてもらった。で、五つの事務所が入ってますんでそれとわれわれNPOの組織が何とか違う事業でですね稼いだ分をここへ投入するということで今、持ちこたえてるという風な形であります、そんな形で町屋スタジオというもんが今、直現存しているという状況、そういうことをやっている私のこれはなた、出そうか出さんとこうか思ったんですが、やっぱりこういうことをやるにはやっぱり腹を据えたやつやないと出来ひんのと違うかということで、私は30年前からこの活動を新撰組同好会というのを今副長ですが、ずっとやってる人間でもあるということで、有難うございました。
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